高木新国対委員長の父・髙木孝一は何した人?経歴や息子の下着泥棒示談についても

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岸田内閣で閣僚人事について、国会対策委員長に「高木新国対委員長」が選出されました。本名は「高木毅」さんです。御歳65歳。高木毅議員といえば30代の頃に下着泥棒の常習犯だったとWikipediaに書かれています。

にも関わらず、高木商事株式会社代表取締役、社団法人日本青年会議所北陸信越地区協議会会長、防衛庁長官政務官、衆議院議院運営委員長(第75代)、国土交通副大臣、復興大臣(第5代)原子力問題調査特別委員長などの重要な役割を歴任しています。

その理由が、高木毅氏の実父である「髙木孝一」氏の存在。

この記事では、高木新国対委員長の父・髙木孝一さんの経歴や、息子の事件火消しの過去についても触れていきます。

高木新国対委員長の父・髙木孝一は何した人?

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引用:https://ameblo.jp/khirose1944/entry-12084979521.html

上の写真が高木新国対委員長の父・髙木孝一氏です。

ところで今回、高木新国対委員長が就任したことにより、過去の下着泥棒事件が再浮上しています。

内容はなかなかにえげつなく、一歩間違えれば(というか普通に)不法侵入で逮捕されるような事件です。被害者家族の証言によると、父・高木孝一氏が被害者宅を訪れ、頭を下げて謝罪をしたために立件はしなかったとのこと。

被害者の妹は、週刊誌の取材にたいし

それにしてもあんな人が大臣にまでなって、不思議やなーと思います

引用:https://www.dailyshincho.jp/article/2021/10040601/?all=1&page=2

と答えており、至極真っ当といいますか、言い得て妙です…。

とはいえ、「立件されていない」のであれば、法律上前科でもなければ犯罪者ではありません。

普通であれば大問題にもなりかねないこの事件を沈静化させ、火消しに尽力したのが高木新国対委員長の父・髙木孝一氏です。

髙木孝一氏は地元・福井県議会議員および敦賀市議会議員を勤めた人であり、福井県では有名人です。

高木新国対委員長の父・髙木孝一の経歴

次に、高木新国対委員長の父・髙木孝一氏の経歴について見ていきましょう。

  • 生年月日:1919年1月2日
  • 出生地:福井県敦賀市
  • 没年月日:2012年6月1日(93歳没)
  • 経歴:敦賀市議会議員を経て、福井県議会議員となる
  • 以下詳細
  • 1966年6月28日-1966年12月16日第54代副議長
  • 1972年5月26日-1973年6月25日第57代議長を務める
  • 1979年4月-1995年4月の4期16年間敦賀市長を務める
  • 市長在任中は全国原子力発電所所在市町村協議会会長も務める
  • 1986年4月-1995年4月、学校法人敦賀学園初代理事長を務める
  • 2012年6月1日に93歳で死去

息子である高木新国対委員長の経歴と比べるとやや控えめではありますが、地元・敦賀市では役10年以上にわたり要職を務めています。地元では有名な政治家ということでしょう。

全国原子力発電所所在市町村協議会会長を務め、原子力発電所立地による町づくりを推進したことが主な実績となるようです。

原発による街づくりを賛同した際の発言はいまだに疑問を呈するメディアも多く、

「(1981年4月の敦賀発電所放射性廃液漏出事故について)マスコミがなぜ騒ぐのかまったくわからない」

「電源三法交付金や原発企業からの協力金でタナボタ式の街づくりができるから(原発を)お勧めしたい」

「(放射能汚染で)50年後、100年後に生まれる子どもがみんな片輪(原文ママ)になるかわからないが、今の段階では(原発を)やったほうがよいと思う」

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9C%A8%E5%AD%9D%E4%B8%80_(%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AE%B6)

このあたりの発言は有名です。

ただし、現代においては色々な疑問はあるとはいえ、少なくとも市長や議長を務め、息子も自民党で役職に就いていることを考えると、紛れもなく選挙で勝ち続けたということは事実であり、政治家としては成功したと言えるでしょう。

息子は小泉内閣、安部内閣、岸田内閣で活躍

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引用:https://moneytalk.tokyo/moneytalk/3408

そんな髙木孝一氏が長く市長として活躍したことから、息子・高木毅も同じ政治家としての道を拓くようになります。下着泥棒の件が尾を引き2回市長選に落選するも、2000年の第42回衆議院議員総選挙で初当選

1990年頃に女性宅への侵入、下着窃盗事件をおこしたことを考えると10年が経過したあとの当選。時間が解決したと言っても過言ではないでしょう。

その後の高木毅氏の活躍は目覚ましい。

  • 第3次小泉改造内閣で防衛庁長官政務官に任命
  • 第3次安倍第1次改造内閣で国会対策委員長への就任
  • 岸田内閣では国会対策委員長へ就任

と、各政権において要職を務めています

下着窃盗の件はいまだに蒸し返されることはあるもの、立件されてはいないがために大ごとにはなっていないのが現実です。あとは、国民がどう捉えるかで今後の行く末が変わる可能性もありますが、すでに国会対策委員長にも内定しています。

世間の反応

Twitterではこのような反応が見られます。

過去をいろいろ掘られるのが政治家。こういう人が嫌なら選挙で票を入れなければいいだけ。 毎回おもうけど、なんでこういう人が選挙受かってるの?
合鍵作ってまでとか、もはや執念を感じるし、変態の極みやな。。。
高木国対委員長に「女性下着ドロボー」の過去 被害者の妹らが明かした「合鍵を作って侵入」「手には白い手袋をはめて」 書き切れないほど盛りだくさん。この人よく国会議員になれたな。
昔はネットが無いから人の記憶から薄れればシラを切れたけど、今はネットがあるから瞬で公に広がる…ってことを自民党はまだ理解していないのかな?

と、冷ややかな反応が多いようです。

とはいえ、言っている人もいるように、現実問題、高木毅氏は市長選に当選し、内閣でも要職を務めています。紛れもなく国民に選ばれた人材であることを忘れてはいけないですね。